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【二次創作】光トカゲを抱きしめたまま

【二次創作】光トカゲを抱きしめたまま

ゆみみみっくす番外編 光トカゲを抱きしめたまま

「行ってきまーす!」
早朝の日差しを浴びながら、元気に駆け出す少女が一人。
吉沢弓美、十五歳。恋に恋する高校一年生。
初夏にあった事件から、はや半年以上が過ぎ、今日は二月十四日、バレンタインデーである。
弓美のカバンの中には、いびつな形をしたチョコが数個と、ピンク色の包装紙に包まれた大きめのチョコレートが入っている。
「とりあえず委員長は失敗作の方で良いわよねー。本命は……」
中身を確認しながら、弓美はぶつくさと呟いている。
台所を借りて作ったチョコレート。溶かして型にはめるだけの作業に、なぜここまで滅茶苦茶に出来るの? と母にぼやかれたものだ。
苦労した甲斐あって、ひとつは上手く出来上がった。問題は誰に渡すかなのだが、異性でそこそこのつき合いのある者というと、委員長とクラスメイトの松崎真一くらいしかいない。父へのは別口で用意してある。
委員長は失敗作、義理チョコで充分である。断言。
そうなると、本命チョコはやはり……。と、頬を赤らめながら歩くその姿は、いささか危険なものがあるかもしれない。
「真一ぃ、あたしのチョコが受け取れないっていうの?」
クラスメイトの桜崎桜子の声が耳に入ってきた。いつの間にやら校門のあたりまできていたのだ。なんとなく立ち止まって、中の様子をうかがってみる。
桜子が、きらびやかな包装紙に包まれた箱──おそらくはチョコレートなのだろう──を持って、真一に迫っている。
松崎真一は、桜子の幼なじみである。弓美にとっては羨ましい関係だ。
「だから俺はチョコレートが苦手なんだってば」
鬼気迫る桜子に、焦った声で答える真一。弓美の頭の中に真一の声がこだました。
(がーんっ。松崎君、チョコレートが嫌いなんだ)
校門の前で頭を抱える弓美。このままでは、せっかく作ったチョコレートが無駄になってしまう。
いやしかし、これは気持ちの問題なのだ。あげることに意義がある。だが、いやがる物を無理にあげるわけにもいかない。
きーんこーんかーんこーん。と、いろいろと思案しているうちにチャイムが鳴り出した。
「あーっ! 遅刻するぅ!」
「あら、弓美。またギリギリね」
思わず校内へ駆け出した弓美に、桜子が気づいて声をかけた。校舎へ急ぐ二人。真一も後へ続いた。
このとき弓美は気づいていなかった。背後に奇妙な人影があったことに。

ひひーんっ。と、馬のような鳴き声が天井を通して響いてくる。
午前の授業も終わり、弓美と桜子、それと真一の三人は教室内で昼食をとっている。
例によって桜子は、パンやら弁当やらを机の上にテンコモリにしている。
ぶひひーんっ。もう一つ鳴き声が響いた。空を見透かすように、弓美は天井を見上げる。
「まあしかし、すっかり居着いちゃったわね。あいつら」
右手にあんパン、左手にパック牛乳を握りしめ、桜子がモゴモゴと言う。
あいつらとは、例のユニコーンのカップルのことである。
彼らは、一度は自分たちの世界へ帰っていったのだが、こちらの世界が気に入ったのか、自ら再び穴をあけ、ちょくちょく遊びに来たりしている。
現在では、彼らはすっかり学校の名物になっている。
「真一、もう食べてくれた?」
「学校で食えるかっ」
桜子の台詞に、真一が即答する。弁当とかではなさそうだが、と思い、
「なにを?」と弓美は聞いてみる。
「決まってるじゃない。チョコレートよ。ち・よ・こ・れ・い・と☆」
桜子は照れくさそうに手をパタパタ振りながら答えた。真一が気まずそうな顔をしている。
(ああ、結局受け取ってしまったのか。あたしのはどうしよう)
思い悩みながら、箸で「の」の字を書いたりしてる弓美に、真一が不思議そうにのぞき込んでくる。
「どうした、吉沢?」
「あ、な、何でもないのよ。あははははー」
にこやかに冷や汗を流しながら箸をチャキチャキ振ってみせる弓美。
(うーん、やはり押しが大切よねー。桜子ちゃんみたいに上手くはいかないかもしれないけど)と、弓美は思い切って立ち上がった。
「あ、あの、松崎君」
鞄の中のチョコレートへ神経を集中し、次の言葉をつむぎだそうとしたところへ、
「弓美くーんっ」いきなり委員長が後ろから抱きついてきた!
「きゃああぁーーっ!」
ごげっ。問答無用で裏拳を叩き込んでやった。爽快。
「い、痛ひ……」
鼻を押さえて屈み込む委員長。「当然の報いです」と言う弓美に、桜子も真一も大きく頷いている。
しかしそこはやはり委員長。速攻で復活し、弓美にすがってきた。
「弓美くーん。チョコレートちょうだいよー」
「は? 委員長、もらってないんですか?」
「いや、こんなに」
委員長は学生服の裾からパラパラとチョコを取り出す。
「全部義理チョコじゃないですか」と、これは真一。
「真一、男の価値はな、もらったチョコの数で決まるんだぞ」
得意げに語る委員長。真一は「はあ」と面食らった顔をしている。
(あらゆる手段を使って手に入れてるみたいね、副部長)
(じゃなきゃ、義理チョコったって、あんなにもらえるわけないわよねー)
小声でささやきあう弓美と桜子の二人。
「というわけで、弓美くーんっ」
再び飛びかかってきそうな委員長へ、弓美はジャブで牽制する。
「桜子ちゃーん……」
泣きそうな顔色の委員長。桜子は頭痛がするかのように額を押さえる。
「はいはい。わかりました。これをあげるからあっちへ行ってなさい」
桜子はスカートのポケットから小さなチョコをひとつ取り出す。あんなところにまでしまってあるとは。妙に感心してしまう弓美であった。
「って、桜子ちゃん。チロルチョコ一粒だけ?」露骨にイヤな顔をする委員長。
今時珍しいチョコね。弓美は思わず呟いた。
「何だったらこれもあるわよ」
「”ゴエンがあるよ”……?」
にこやかに冷や汗をかきまくる委員長。五円玉の形をしたそのチョコは、さすがの弓美にもわからなかった。
「よくそんなの持ってるなあ」腕組んで感心する真一。
「ふっ。駄菓子屋巡りはあたしの日課よ」桜子は当然のように答えた。
「弓美くん……」
寂しそうな委員長の瞳が弓美をとらえた。弓美はひとつため息をつく。
「わかりました。これをあげます。……えいっ!」
鞄から取り出した失敗作を、廊下へ向かって放り投げた。委員長は、キャンキャン言いながら出ていった。
「あんた……結構やるわね」桜子は感心しまくっている。
「あの、弓美先輩いますか?」
委員長とは入れ替わりに、中等部の女の子が一人やってきた。森下理恵である。
「あら理恵ちゃん。なんのご用?」
ごく自然に受け答える弓美だが、内心少し不安になっていた。
なにしろ、ユニコーンたちが再びこちらへ来るようになってからというもの、なにかにつけて一角獣が弓美へ、二角獣は理恵へと取りついてくる。そして理恵は弓美にせまってくるのだ。
どうやら彼らは人間としての生活も気に入ってしまったらしい。
その上最悪なことに、普段の状態の理恵までもが弓美になついてきている。
かくして弓美はすっかり「女の子が好きな女の子」というレッテルを貼られてしまったのだ。
取りつくなら他の人間にして欲しいところなのだが、波長がどうとかで弓美・理恵以外には取りつけないらしい。
「これ、受け取ってください」
理恵の差し出したのは、包装紙に包まれた小箱にリボンのワンポイントを添えた物だった。どうみてもチョコレートに間違いなかった。
「それじゃ、あたしはこれで」
弓美が言葉を返そうとするよりも早く、理恵は去っていった。心なし恥ずかしげに見える。
「良かったじゃない。ホワイトデーはちゃんとお返ししなさいよ」
ちゃっかり突っ込みを入れる桜子。
「あーん、まともな女の子に戻りたい~」弓美はニコ目で涙を流している。
(このままだと、あたしはみんなに正常視されなくなっちゃうわ)
弓美は妄想モードに入った。
(桜子ちゃんに見放され、松崎君に呆れられ、委員長に写真を撮られてしまうのねぇ)
「な、なによこいつ?」
桜子が何か言っているが、今の弓美には聞こえていない。妄想モード続行中である。
(このままじゃいけないわ。なんとしても汚名挽回しないと)
チョコ嫌いでもかまわない。真一にチョコを渡せば、きっと今のアブノーマルな状況を脱せるはず。弓美は決心し、真一の方へ向き直った。
「松崎君、ちょっと来てくれる?」
弓美は真一の手を引き、表へ向けて歩き出す。
「ちょっと、弓美!」
桜子の言うことなど聞きもせず、弓美は教室を出ていった。引いた手が真一の物でないことに気付かずに。

春は近いがまだまだ寒い。晴れ渡った裏庭には、その二人以外は誰もいない。
北風が、弓美の三つ編みを左右へ揺らす。
そういえば、まともにチョコを男の子へ渡すのは初めてである。それを思うと頬が熱くなる。
弓美はフェンスの向こうを向いたまま、冷たい風にあたって気を落ち着けるよう頑張った。そしてひとつ深呼吸し、
「松崎君、これを受け取って!」
顔を真っ赤に差し出したチョコのその先に、奇妙な動物が突っ立っていた。
「ぎゃ?」
ぎゃ? 思わずオウム替えししてしまう弓美。
人と同じくらいの背丈。しかしその身体は緑色で、太く長い尻尾が生えている。
爬虫類系の顔つき、線のように細い目だが、眼球の丸いラインがくっきり浮き出ている。
直立トカゲというか小型の恐竜というかガチャピンというか、そんな感じである。
背中には身体と同じ色の大きな翼(鳥系でなくコウモリ系)が生え、不思議なことに、全身から金色の光を放っている。
「と、トカゲええぇぇーーーっ!」黄色い素っ頓狂な悲鳴が上がった。
「あんぎゃあぁーーっ!」
ばさあっ。弓美の反応に驚いたか、謎のトカゲはチョコを手に飛び去ってしまった。
「ま、待って! あたしのチョコレート!」
手を挙げて追いかけるが、時すでに遅し。上空にはほかにも数人(?)のトカゲが舞っていた。
「弓美!」
校舎から、桜子がやってきた。真一・委員長・理恵もいる。
「みんな! なんなのよ、あれ?」
「あたしの方が聞きたいわよ。あのトカゲ、あたしが真一にあげたチョコまで持ってっちゃったのよ!」桜子の語気は荒い。
「俺のチョコレート~」情けない声を上げる委員長。
真一は言葉を濁している。チョコを奪われても比較的平然として見えるのは、やはり本気でチョコが苦手なのだろうか。
「と、とにかく、なんとかしてチョコを取り戻さなきゃ!」
言って上空を見上げる弓美だが、上手い方法が思い当たらない。
しかしそのとき、ひづめの音とともに二頭のユニコーンが走ってきた!
「な、ちょ、ちょっと待って!」
どっかーんっ! 避けようとするよりも早く、一角獣が弓美に体当たりした。
だが弓美は吹き飛ばされることなく、軽くしりもちをついただけだった。
「あたたたた……」
上体を起こす弓美。シャンプーの香りが鼻をくすぐった。胸元をみると、
「好・き……」理恵が抱きついていた!
「どひいいいぃぃ」
にこやかに青ざめ、思わず後ずさろうとするが、理恵はしがみついて離れない。
一角獣に体当たりされ、そして取りつかれた。以前の事件の解決後も、何度かこういう目に遭っている。そして二角獣の方は理恵に取りついたらしい。
「真一、カメラ持ってるか?」
「いえ、あいにく」
「冷静に観察してないで、なんとかしてえっ」
しかし弓美の頼みはほとんど無視され、桜子が理恵へ質問してきた。
「ねえ、あのトカゲみたいなの、あんたたちと関係あるんでしょ?」
「そうなんですぅ。あれはあたしたちの世界に住む”光トカゲ”という種族なんです」
「光トカゲ?」目を点にして呟く真一。
理恵は、弓美に抱きついたまま説明を始めた。
身体から発する金色の光から、彼らは「光トカゲ」と呼ばれている。ユニコーンたちと同じ世界の住人で、チョコレートが好物らしい。
「向こうの世界にもチョコレートなんてあるの?」
桜子の質問はもっともである。しかし理恵が言うには、彼らは光を発するために、高カロリーなチョコレートを重宝しているとのこと。世の中よくわからないものである。
「たぶん、あたし達が開けた穴からやってきたのね」理恵は平然と言う。
「つまり、元をただせばあんた達のせいってコトね。早くなんとかなさい!」
「えーん、あたしのせいじゃなーいっ」
迫力の桜子に、思わず涙する弓美。「ユニコーンの方よ」と短く補足が入った。
「光トカゲはたぶん、向こうへ帰ってから食べようとするはずだから、穴で待ち伏せしていれば良いと思います」
すがるように理恵は説明した。瞳がなにかをせがんでるように見えるが、弓美はそれを無視した。
「穴のそばなら変身できるわね。どこにあるの?」
「体育館の屋根の上です」
理恵の台詞に、弓美は一瞬めまいを覚えた。前の事件の際に屋上に取り残されてしまった件を思い出したのだ。
「別にあたしに取りつかなくっても、ユニコーンのままでも大丈夫なんでしょ?」
最大の疑問を投げかける弓美だが、
「それは一蓮托生ということですぅ」軽くいなされ胸元へすりすりさせられる。
「わ、わかったわよ。わかったからもう離れてえっ」
このままだと本気で道を誤ってしまう。泣きたい思いの弓美であった。

「ひいっ、ひい、怖かったよおぉ」
はしごを登るときは下を見てはいけない。弓美は心底思い知らされた。
桜子達が下から見守っていて、わざとらしく桜子が声をかけるものだから、つい下を向いてしまったのである。
なんとか屋根の上まで上がってきたが、穴らしき物は見あたらない。
理恵に聞きたいところだが、彼女は弓美から離れたとたんに正気に戻ってしまい、屋上へ上がることを拒まれてしまった。
「あら?」
緑色のアーチ状である屋根の頂上部に、奇妙な「歪み」が見えた。レンズを通したように、向こうの景色がゆがんでいる。そしてプリズムに通した光のような虹色の輝きが、そこから巻きおこっている。
「あれが穴かしら?」
弓美は足下に注意しながら近づいていく。以前の「穴」は、空間にぽっかりと開いた感じだったが、今度のは少々雰囲気が違う。穴あけネズミでなくユニコーンが開けたからだろうか。
「……変身しないわね?」
いつもなら充分変身可能なところまで近づいてるののに、なんら身体に変化が現れない。不思議に思って穴に手をふれたとき、
ぞくりっ。背筋に一瞬寒気が走った。そして馴染みのある立ちくらみが起こる。
視界がぼやけ、頭の中いっぱいに星空が広がる。貧血を起こしたときの感覚に似ている。
ひづめの音が弓美の頭の中に響く。つづいて火がついたように全身が熱くなる。おでこの辺りが特に熱い。暗い視界の上部に光が射し込んでくる。しかしそれは以前にも見たことのある光だった。
ゆっくりと目を開いてみる。そして手のひらを見つめる。少しほっそりした感じになっている。
三つ編みがほどけ、やや大人びた顔つき。ひたいにはピンク色の角が生え、瞳の色が真紅に変わっている。弓美は変身したのだ。
弓美自身、変身後の姿は結構気に入っていて、化粧で再現できないかと試したこともあったが、精悍なこの姿を形作ることは出来なかった。
弓美は辺りを見回してみる。
「って、あら?」
妙なことに気付いた。変身した後なのに、「自分の意志で動ける」。思わず準備体操などしてみたりする。この姿でやるとちょっと違和感があるかも知れない。
そのとき、弓美の脳裏に馬の鳴き声がした。いつもだったらいななきにしか聞こえないところだが、ユニコーンの発する「言葉」だということが理解できた。
彼が言うには、変身効果はいつも通りだが、身体の支配権までは取れなかったということ。
弓美の意思で動けるのは、まず、前回のように成り行きでなく、変身するための理由が弓美にはちゃんとあった、ということ。
そして、穴あけネズミでなくユニコーン自らが開けた穴だということ。(穴の雰囲気が違うのもその為)
さらに、今回のユニコーンの仕事は、光トカゲを向こうの世界へ追い返すことで、「穴ふさぎ」という彼の本来の仕事とは関係ない、と以上の理由によるものだそうである。
「とにかく、光トカゲを探さなきゃ」と、一歩踏み出したとたん、
視界が青空に変わった!
「どしえええぇぇ!」
弓美は空へ放り出されていた。小柄な身体が宙をくるくる回る。
必死に体勢を立て直し、校庭に着地する。足から地上へ降りられたのは奇跡的ともいえた。
「弓美、なにやってるのよ?」桜子の問いに答えようとするよりも早く、
軽く足に力を入れただけで、再び空中へ舞い上がる!
ユニコーンの力は弓美の想像以上のものだったのだ。軽くアクセルを踏んだだけで時速三百キロの世界である。
「ちょっと! ふざけてないで光トカゲを片づけなさい!」下から桜子の罵声が響く。
ユニコーンはよく、こんな力を自在に制御できたものだ。空中で弓美はそんなことを考えていた。
とはいえ、弓美も初めての変身ではないので、徐々に慣れてくる。二・三分ほどで、ある程度自由に飛び回れるようになった。
弓美は再び体育館の屋上へ行くと、辺りを見渡してみる。普段の視力はそこそこだが、変身効果か景色から細かいところまでよく見える。
と、何カ所かで光トカゲがたたずんでいるのを発見した。すぐに弓美は飛び上がる。
「ぎゃぎゃ?」体育用具質の陰に、チョコを手にした光トカゲを見つけた。
「そのチョコ、返してくれる?」
弓美の言葉は少々焦燥気味だったのかも知れない。
「あんぎゃーっ!」光トカゲは逃げるように飛び去ってしまった。
「待って!」
弓美が手を差し伸べた瞬間、
ぴかあっ! 額のつのから光線がほとばしった。一瞬びっくりした弓美だが、すぐに気を取り直し、この光線に意識を集中する。
光線はロープのように光トカゲにまとわりつく。弓美の意思通りに光線は動き、体育館の上にある穴まで光トカゲをつれていく。弓美自身は用具室の脇のままである。
「ごめんね」
一言だけ謝って、弓美は光トカゲを穴の中へ押し込んだ。手にはチョコレートが舞い戻ってくる。だが、それは弓美が真一へ渡そうとした物ではなかった。

その後、幾匹もの光トカゲを追い返したが、弓美が真一へ渡すはずだったチョコレートは見つからなかった。
いくつかは食べられてしまった物もあった。ちなみにその際、
「お、俺のチョコレートおおぉぉ」
「はいはい。副部長にはこれをあげるから大人しくしなさい」
「……チョコバットって、さぁくらぁこちゃーん」
「不満? ヒットが四つでもう一本よ」
とかいう会話があったが、光トカゲ退治中の弓美の耳には入っていない。
「うー、松崎君へのチョコレートがあぁ」
あらかた片づけ終わった弓美は、校庭の隅で小さく唸っている。もしかしたら、既に食べられてしまったのかも知れない。
その時、体育館の屋根の上に奇妙な気配を弓美は感じ取った。
ぴょーんっ。軽快な動きで、素早く体育館へ向かう。
「……見つけた」
弓美は再び穴の側まで戻ってきた。そこに、ピンク色の包装紙に包まれたチョコを持った、小さな光トカゲがいた。
間違って渡した光トカゲとは違う。まだ子供のようだ。
「ぎゃうぅ……」
怯えたひとみで、光トカゲの子供は弓美を見つめる。
「お願い。それを返して」出来るだけ優しく声をかける弓美だが、
「ぎゃうっ!」光トカゲは穴へ向かって駆け出した。
ずだだだだっ! 額から光を飛ばし、弓美は素早く穴をふさいだ。
帰り道をたたれた光トカゲが、弓美の方へ振り返る。は虫類系の顔色は解らないが、泣きそうな雰囲気だということは解った。
「そのチョコは特別なヤツなの。どうしてもあげたい人がいるから……あなたには、別のをあげるから。ね?」
子供をあやすような声だった。光トカゲは少し安心したのか、弓美に近づく。
「いい子ね」
弓美は光トカゲを抱き上げた。子犬よりは大きく、抱きごたえがある。
胸元で、光トカゲはチョコを差し出した。甘えたような声を出している。
「ありがとう」
片腕で抱きなおし、余った手で優しく撫でてやる弓美。
「さあ帰ろ」下へ降りようと思った弓美だが、あることに気付いた。
いつの間にか変身が解けていたのだ!
「穴、塞いじゃったからだ……」
そう。穴がなければ、ユニコーンたちは向こうの世界へ戻ってしまう。弓美はまたしても屋根の上へ取り残されてしまった。
「誰か、たぁけてぇーーっ!」
光トカゲを抱きしめたまま、地上へ向かって泣き叫ぶ弓美であった。

「はい、松崎君」
緊張気味に、弓美は真一へチョコレートを手渡した。
あれから、なんとか地上へ降りた弓美は、ようやく当初の目的を果たすことが出来たのだ。
足下では、光トカゲの子供が失敗作にかじりついているし、後ろには桜子達もいて恥ずかしいことこの上ないが、二人きりになれるチャンスはもはや無かったのだ。
「ありがとう。ホワイトデーにはお返ししなきゃな」
真一は笑顔で受け取ってくれた。自然、弓美の顔もほころぶ。
「当然、あたしにもくれるんでしょうね?」桜子がふてくされて言った。
「わかったわかった」真一は苦笑した。
すかさず桜子が注文に入った。キャンデーやらクッキーやらとんでもない量である。
放っておくと一介の高校生に買える量じゃなくなるので、弓美は話題を変えることにした。
「ところで松崎君、なんでチョコレートが苦手なの?」
「知ってたのか」
真一は苦い顔をし、トラウマとなった過去を語った。
幼い頃、桜子と一緒に駄菓子屋へ遊びに行ったとき、「食い倒れだー!」とか言って桜子がお菓子を漁りだした。
そのとき、真一はチョコレートの担当にされてしまったのだという。
「一軒丸ごと? そりゃあ、トラウマにもなるわよねー」
呆れて言う弓美。桜子の大食漢は先天性のものらしい。
「ぎゃおーっ!」
突如、光トカゲが雄叫びを上げた。身体から発する金色の光が明るく輝き出す。
「満腹になったのかしら?」
光トカゲは猫なで声を上げている。チョコを食べると光量が増すというのは、なんとも奇妙な体質ではある。
「けどこの子どうしよう?」抱き上げ、弓美は桜子達を見回した。
「どうするもこうするも……」
桜子が言いかけたとき、体育館の方から紙を裂くような音がした。
つづいて、馬のいななきがする。もちろん、二頭分。強制的に戻されたが、残る一匹の光トカゲを連れ戻しに来たのだろう。
「戻ってきたみたいね」桜子は軽い溜息ひとつ。
「良かったわね。ユニコーンがおうちに帰してくれるわよ」光トカゲへ微笑む弓美だが、
「ぎゃぎゃ!」首を横へ振ると、弓美にしがみついてきた。
「帰りたくないみたいだな」と、真一。
その時、二頭のユニコーンが弓美へ向かって全力疾走!
「な、ま、また!」
どっかーんっ! しりもちをつき、弓美は光トカゲを放り出してしまう。しかし、胸元に誰かが抱きついていた。それはもちろん、
「好きっ」理恵だった!
「いやあっ、もう!」
にこ目涙の弓美に抱きついたまま、理恵は光トカゲを睨み付けた。
「この方はあたしの恋人ですぅ」
「どーぶつ相手に張り合うんじゃない!」
怒鳴る桜子。弓美は同感した。
「まあそれはさておき、その子、あなたのことが気に入っちゃったみたいねぇ」
理恵は甘えた声で言った。
「ま、飼うしかないんじゃないの?」肩をすくめ、桜子。
「あーんっ、変な友達ばっかり増えていく~」
「こら! あたしまで含めてるわね!」
かくして、二頭のユニコーンに光トカゲと、奇妙な友達が増えてしまう弓美であった。

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